研究内容

【研究の目的】
 世界中の医療従事者が直面している薬剤耐性菌感染症の克服に向け、細菌の異物排出ポンプとその発現制御因子に着目した分子標的創薬を実現する。具体的には、関与する環境因子を含めた排出ポンプの発現制御ネットワークおよび生理的役割を明らかにする。また、排出ポンプの薬剤認識機構および阻害剤感受性決定因子を明らかにし、依然として得られていない臨床的に有効な阻害剤実用化に向け、得られた蛋白質構造情報を利用した効率的な探索手法によって、排出ポンプ新規阻害剤を開発する(図1)。

【研究に関連する国内・国外の研究動向及び位置づけ】
 依然、微生物感染症で年間約1,500万人が命を落としており、耐性菌感染症は世界各国で大きな問題となっている。特に多剤耐性化の原因として、様々な薬を菌体内から菌体外へ排出する異物排出ポンプが注目されているが、その発現制御機構の全貌は解明されておらず、本来担う生理的役割の詳細も分かっていない。このように当蛋白質に関して未だ不明な点が多いことは、新薬の開発を遅らせる大きな要因となっている。さらに、近年の多剤耐性菌出現により、膨大な種類の化合物を実際に試していく現在の創薬方法には限界が見え始めており、細菌感染症治療薬開発において分子標的創薬の道を開くため、各種分子基盤の構築を目指した。

 

【研究成果】
・排出ポンプはPeristaltic Mechanism(蠕動機構)で薬剤を排出 
 最も強力な大腸菌排出ポンプAcrBの薬剤結合部位はすでに明らかとなっていたが、大分子量の薬剤との共結晶解析の結果、従来よりも入り口側に薬剤が結合していた。そこで、新たに推定された結合部位に変異を導入すると、大分子量の薬剤のみ排出ができなくなった。以上より、薬剤はポンプ入り口側の結合部位(proximal pocket)から奥側の結合部位(distal pocket)に押し出された後、排出されるというPeristaltic Mechanism(蠕動機構)を提唱し(図2)、当論文をNature誌で発表した(Nature 480: 565-569, 2011)。

 

 

 

・ポンプ内部の阻害剤ピットのアミノ酸が阻害剤感受性を決める
 大腸菌排出ポンプAcrB・緑膿菌排出ポンプMexBと研究用阻害剤ピリドピリミジンとの共結晶解析の結果、ポンプ内部に阻害剤結合ピットの存在が示された。AcrB・MexBの当ピット内にあるアミノ酸Phe(F)が、ピリドピリミジンが効かない緑膿菌排出ポンプMexYでは立体的に大きなTrp(W)に置き換わっており、その立体障害で阻害剤が結合できなくなると考えた(図3、便宜上MexYモデルにはAcrB結合型阻害剤を重ね合わせている)。実際にAcrB_F178W変異体は阻害を受けなくなり、MexY_W177F変異体は逆に阻害されるようになった。阻害剤感受性は当ピット内の立体障害で決まることを明らかにした本論文は、Nature誌に採択された(Nature 500: 102-106, 2013)。その後、当構造情報を利用した新規阻害剤開発に着手し、新規スクリーニング手法の開発に加え(特願2016-028653)、実際に多数の排出ポンプを同時に阻害できる化合物を複数見出してきた(特願2015-238703)。現在、実用化に向け大手製薬企業との共同開発を進めている。






・排出ポンプは、通常菌が暴露されることのない薬を含む、多種多様な構造の化合物を排出できる
 異物排出ポンプの基質探索は、治療に関連する一部の化合物でしか調べられておらず、排出ポンプの非常に幅広い基質特異性を解明するには、より多くの化合物を用いて研究を行う必要がある。フェノタイプマイクロアレイを用いて、野生株と排出ポンプ欠損株の呼吸活性を2000種の条件下で測定した結果、欠損株は抗生物質以外にも、構造的に関連性のない色素、界面活性剤、抗ヒスタミン薬、植物性アルカロイド、抗うつ薬、抗精神病薬、抗原虫病薬などにも感受性を示し(図4)、抗生物質以外の広範な基質特異性が初めて明らかとなった。今後の細菌感染症治療薬の開発において、新薬候補化合物が排出系に乗らないということは必須条件であり、当論文は、化合物が排出ポンプの基質になるかどうかの指針を示す、化学療法上非常に重要な成果となった(Journal of Infection and Chemotherapy 22: 780-784, 2016)。

 

 

 

 

・排出ポンプはバイオフィルム形成にも関与し、細菌の宿主定着性に寄与する
 一部の菌はバイオフィルムを形成して宿主に定着するとともに、抗生物質暴露から身を守っている。近年、排出ポンプとバイオフィルムの関連性についての研究が盛んに行われているが、研究グループごとに主張が異なっている。そこで、これまで着目されていない経時的解析を行った結果、大腸菌ポンプAcrAB・MdtABCが、バイオフィルムの初期の産生過程ではなく、その維持に寄与していることが明らかとなった(図5)。バイオフィルムの研究では、経時的観測などの測定条件が特に重要であり、研究グループごとに結果が異なっていたのも、測定方法にばらつきがあったためと考えられる(International Journal of Antimicrobial Agents 45: 439-441, 2015)。

 

 

 

・排出ポンプは、細菌外膜のLPSとともに細菌の薬剤自然抵抗性を生み出している
 グラム陰性菌の薬剤自然抵抗性(全ての細菌が元々持っている薬剤耐性)は、主に異物排出ポンプと外膜障壁によるものであるが、両者の関連性は不明であったため、唯一恒常的に発現している排出ポンプAcrBとリポ多糖(LPS)の関係について調べた。解析の結果、LPSの長さ・枝分かれが失われるごとに自然抵抗性が低下する一方、AcrBはLPSが異常な状態でも機能を保っていた。また、AcrBの過剰発現はLPS欠損分の耐性を完全には補うことができず、自然抵抗性の維持には、排出ポンプと外膜障壁の両方が不可欠であることが明らかとなった(Journal of Antimicrobial Chemotherapy 68: 1066-1070, 2013)。


・排出ポンプの発現は、非常に複雑な多数の発現制御機構で調節されている
 構築した多数のプラスミドライブラリーと様々な遺伝子組み換え株の解析により、病原性への関与が報告されているRNAシャペロンHfqが、恒常的に発現している排出ポンプAcrBの翻訳調節も行っていることが明らかとなり、多剤耐性化にも寄与する感染過程の重要な因子であることが示された(Journal of Antimicrobial Chemotherapy 65: 853-858, 2010)。
また、最も研究が進んでいる細菌small RNA であるDsrAが、排出ポンプMdtFの転写量を上昇させ、上記Hfqと同じく、病原性・薬剤耐性両方に関与する重要な因子であることが分かった(Journal of Antimicrobial Chemotherapy 66: 291-296, 2011)。
さらに、細菌の膜ストレス感知機能を有する外膜リポタンパクNlpEが、排出ポンプAcrD、MdtABCの発現制御因子として多剤耐性化に関わることも明らかとなった(図6)。当論文は、化学療法分野において権威の高い学術誌(Eigenfactor score薬理・薬学分野で1位)に掲載され、排出ポンプの生理的役割の解明につながる成果として、国内外より高い評価を受けている(Antimicrobial Agents and Chemotherapy 54, 2239-2243, 2010)。